わたあめの日記

タイトルは歌詞です

切ないのは、幼い手で握りしめたお願いごと

2020.12.22 Tue

 

今日は昨日のような朝起きたときの憂鬱な感じはそこまでなかった。いい日になるのだと思った。実際は特に何もなかったが。

 

朝(12時)に起きて、眼鏡を探していたら母から電話があった。昨日、調子が回復してから電話して、とても調子が悪かったと伝えたから、心配していたのだろう。

 

先週の木曜日の授業動画を1.5倍速で30分くらい見ていたら疲れてしまったので、きりの良いところで中断してコンビニへタバコを買いに行った。昨日ちょうど1箱終わったところだったので、これを機に禁煙しようとしたのだけれど、やはり無理だった。しかし、臭いがつくのが嫌だったから、購入したときにコンビニの喫煙所で吸って、それから吸っていない。そのあとに郵便局に行ってお金をおろしたのだけれど、それだけでとても疲れてしまった。タバコを吸うと決まって憂鬱な気持ちになるし。

 

久しぶりに夕方に寝た。オナニーをしたらそのまま寝てしまったのだ。たくさん夢を見た。どの夢にもU君が出てきた。彼のスマホを渡されて「ラブホを探せ!」と言われた。好きな人が出てくる夢はあまりいい意味を持っていなかった気がしたから、そんなに出てこないでほしかった。

 

最近、鬼滅の刃の影響か、鬼になる夢をよく見る。私はなぜだかいつも鬼滅の刃を見るときには鬼のほうに感情移入というか、自分に近いなと感じる。朱紗丸が出てきた回のアニメを一気に見たとき、自分が鬼になってしまったような気分になってひどく気疲れした覚えがある。というよりは、疲れていたから自分が鬼になったような気分になったのだろうが、とにかく、いい気持ちではなかった。いまだにリツイートボタンの矢印が少し怖いし。炭治郎が勝って鬼の側が負けるのだという結末を意識しながら見ていても、どうしてもものすごく疲れる。

 

自分が人間だという感覚があまりしっくりこない。人間になりきることができないと感じる。私は常々「性自認が猫」と言っているけれど、いくら自分のことを猫だと思っていたって猫にはなれないし、体は人間だけれど、心などの内面世界は人間になれないのだ。かといって、猫になりたいわけでもない。たぶん、どちらかというともっと人間らしくなりたい。でも、猫みたいだと言われると少しうれしい。むずかしい。自分がどうなりたいのかはわからないけれど、私の立ち位置は猫と人間の間で、猫には人間として見られて恐れられるし、人間には猫だと思われる、誰からも異質な自身と異なるものなのだとみなされている、ような気がする。

 

Now Playing   寓話。 / Cocco